社会的な問題について真面目なことをほとんど書かないこのブログで、死刑については何度か書いてきた。
裁判員を務めた男性らが死刑の執行停止と情報公開の徹底を求める要請書を法務省に提出したのを受け、谷垣法相は「法治国家において、確定した裁判の執行は厳正に行われなければならない」とした上で「法的措置が取られない限り、一律に執行を停止することはできない」との見解を重ねて示したという。
私は死刑制度には反対だし、要請書を提出した人たちの言う「国民が死刑制度について議論する機会が必要だ」という訴えも大いに支持できる。
一方で、現行法に死刑がある以上、法に則って執行をするというのは法相として当然のことだとも思う。
さて、その死刑に関して「命をもって償うほかない」とは、よく聞かれる表現だ。
昨年、警察庁が把握した自殺者の数は27195人。
2年連続で3万人を下回ったということだが、その前は14年連続で3万人以上の自殺者が出ていた。
それほどの人が自ら命を絶っている現状で、死ぬことが果たして償いになっているのだろうか。
もちろん、自ら死ぬことと、法で強制的に命を絶たれることの違いは大きいと思うが、死ぬということには変わりがない。
死ぬことは償いにはならないと思う。
死刑とは償いではなく、法の名の下に国が被害者(被害者遺族)に代わって復讐を行ってるだけ。
そんなことを国がやっていいとは思わない。